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飯田哲也「RE100への途」

ドラギ報告の警告

2024.10.31

 去る9月に欧州委員会が公表した「ヨーロッパの競争力の未来」、通称「ドラギ報告」が話題を呼んでいる※1。元欧州中央銀行総裁兼イタリア首相のマリオ・ドラギ氏が主筆を務めた報告書で、公表のずっと前から注目を集めていた。米国と中国、欧州という世界3極から眺めているドラギ報告のなかでも日本は完全に埋没しているが、欧州よりもさらに先をゆく「没落先進国」である日本にとっても、重要な警告を発していると思われる。

 

■ドラギ報告とは何か

 ドラギ報告とは、急速に成長する米国と中国という2大超大国のはざまで、相対的に埋没しつつある欧州の産業と経済に、どのようにして競争力を取り戻すかを分析、提言したものだ。欧州で停滞している経済とエネルギー危機を背景に、米国と中国からの競争の激化に対応するため、EUの目標に沿ったすべての政策領域で、共同の脱炭素化と競争力計画が必要であることを強調している。電力網と自動車分野に焦点を置いて、欧州の政策が脱炭素化と一致すれば、成長のための大きな機会を生み出すとしている。同時にドラギ報告は、「欧州連合が調整に失敗した場合、脱炭素化が競争力と成長に反するリスクがある」と指摘している。


■エネルギーに関するドラギ報告の要点

エネルギーに関してドラギ報告は、以下の分析と提言をしている。

1. エネルギー価格の高騰と競争力への影響

近年、エネルギー価格の上昇が欧州産業の競争力に深刻な影響を及ぼしている。特に、ロシアからのエネルギー供給停止により、天然ガスや電力の価格が急騰し、エネルギー集約型産業に大きな負担をもたらしている。
 

 ここで面白いのは、発電源の20%(EU平均)しか占めない天然ガスが、産業用電力価格決定において60%以上の支配力を持っているという分析だ。これは、米国や中国に比べて欧州の天然資源不足と集合体としての購買力が劣るという古典的な要因に加えて、デリバティブ市場の金融的・行動的側面が価格変動性を高め、その市場リスクが産業や家庭の料金に転嫁されている側面が指摘されている。

 

 

2. 再生可能エネルギーのさらなる導入促進

 欧州は、再生可能エネルギーの導入を加速することで、脱炭素化とエネルギー供給の安定性を高めることを目指している。特に、南ヨーロッパでの太陽光発電、北ヨーロッパおよび東南ヨーロッパでの風力発電の潜在力を活用し、エネルギーの自給率向上と脱炭素化を推進することが必要としている。その推進とエネルギー市場の効率化と価格安定化を図るため、電力市場の改革とエネルギーインフラの強化、エネルギー消費の効率化を提言している。

市場改革では、再生可能エネルギーと原子力の価格を化石燃料から切り離し、長期契約(PPAやCfD)を通じて価格の安定性を確保する取り組みを推奨している。また、電力網のデジタル化やスマートグリッドの導入、エネルギー貯蔵技術の開発などが推進されている。エネルギー消費の効率化は、エネルギーコストの削減と環境負荷の低減に直結するため、産業部門や建築物のエネルギー効率向上を促進する政策を導入し、エネルギー消費の最適化を図ることを提言している。

 

3. クリーン技術の産業化と中国要素

特に、再生可能エネルギーや蓄電池の製造能力が中国に集中している現状に対する懸念と、その対策について以下が述べられている。

中国の支配的地位

世界の太陽光発電パネルや蓄電池の製造において、中国が圧倒的なシェアを占めている。特に、太陽光パネルの主要部品であるウェハーやインゴットの生産能力の90%以上が中国に集中している。また、蓄電池の製造に必要なリチウムイオン電池の生産能力も中国が主導している。

 これは、欧州にとって以下の懸念を呼び起こす。

  • 供給チェーンの脆弱性: 再生可能エネルギー技術や蓄電池の製造における中国依存は、供給チェーンの脆弱性を高め、エネルギー安全保障や産業競争力にリスクをもたらしている。
  • 技術的依存: 中国の技術や製品に依存することで、欧州の技術革新や産業発展が制約される可能性がある。

ドラギ報告の提言と対策

ドラギ報告では、欧州は再生可能エネルギーと蓄電池分野での競争力を強化し、持続可能な成長と経済的繁栄を実現するため、以下の提言をしている。

  • 製造能力の強化: 欧州内での再生可能エネルギー技術や蓄電池の製造能力を拡大し、供給チェーンの多様化と強化を図るべきである。具体的には、太陽光パネルや蓄電池の生産施設への投資を促進し、国内生産を増加させることが求められる。
  • 研究開発の推進: 再生可能エネルギー技術や蓄電池の分野での研究開発投資を増加させ、技術革新を加速することが重要である。特に、次世代バッテリー技術や高効率な太陽光パネルの開発に注力する必要がある。
  • 政策支援の強化: 再生可能エネルギー技術や蓄電池の製造を支援する政策を導入し、産業の成長を促進することが求められる。具体的には、税制優遇措置や補助金の提供、規制の緩和などが含まれる。
  • 国際協力の推進: 他国との協力を通じて、技術標準の統一や市場アクセスの拡大を図り、グローバルな競争力を強化することが重要である。特に、米国や日本との技術協力や共同研究開発プロジェクトを推進することが求められる。

 

■ドイツ自動車産業の姿と日本への示唆

ドラギ報告は、ひと言で言えば、欧州はAIや半導体などデジタル技術と、太陽光・蓄電池・電気自動車などクリーン技術のイノベーションと製造能力で出遅れてしまったことが、これからの脱炭素を前提とするグリーン経済において、競争力を失いつつあることを、直裁に指摘し、その対応策を提言している。

実際に、フォルクスワーゲンなどドイツ自動車産業が苦境に陥いりつつあり、同社史上初めてとなる、ドイツ国内で3工場を閉鎖する方向で労働組合との協議に入るというニュースが流れている※2。これこそ、デジタル技術とクリーン技術の両方を必要とする新しい電気自動車開発と市場競争力で破れつつあるドイツ自動車産業の現実である。EV化の進展のスピードを考えると、果たしてドラギ報告の警告が間に合うのか、かなり困難であるように思われる。

翻って日本は、欧州よりもさらに厳しい位置にある。少なくとも欧州は、再生可能エネルギーへのエネルギー転換は日本よりもはるかに先をゆく。脱炭素に向けた政策もはるかに合理的であり、電力市場も日本よりも圧倒的に透明・公正である。そして、EV化では日本の自動車産業は大きく遅滞し、普及面でも大きく遅れている(約20%の欧州に対して、日本は3%以下)。

 

※1European Commission 2024 Sept., “The future of European competitiveness: Report by Mario Draghi” https://commission.europa.eu/topics/strengthening-european-competitiveness/eu-competitiveness-looking-ahead_en

※2 ロイター2024年10月28日「独VW、国内で大規模人員削減し3工場閉鎖へ 労組幹部表明」 https://jp.reuters.com/business/autos/CSNYEOUHQBMNJLFKBR7UTLJQNY-2024-10-28/

 

 

 

 

 

 


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