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- オッペンハイマーと「再エネ魔女狩り」
2024.03.30
世界中で絶賛され、アカデミー賞で7冠を受賞したクリストファー・ノーラン監督「オッペンハイマー」が、ようやく日本で公開された。現代物理学の揺籃期の中で「天才物理学者」と呼ばれたロバート・J・オッペンハイマーは、その後、「原爆の父」として米国の英雄として栄光の頂点に立ったが、その後、マッカーシズムという異常な政治的な嵐の中で公職を追われた波瀾万丈の人生が映画でも描かれていた。マッカーシズムが「赤狩り」と呼ばれたように、中世の魔女狩り、中国の文化大革命、ポルポト大虐殺など歴史的に多くの国でも観察されてきた「政治的に異常な熱病現象」といえる。
その映画を観ながら、今、日本の一部で吹き荒れる再エネをめぐる「現代の魔女狩り」的な空気と重なる要素を観ていた。一つは、現在進行形で進む「中国国営企業ロゴ透かし問題」である。3月下旬、内閣府再エネタスクフォース(再エネTF)の資料の元構成員の提出資料の一部に、中国国営企業のロゴが透かしで入っていることがネット(X)で話題となり、これを大手電力系ユーザーが取り上げてネット炎上した。それを国会や大手メディア、ワイドショーなども取り上げ、おりからの米中対立やセキュリティ問題と絡めて、一気に政治的なイッシューとなった。冷静に考えれば取るに足らないミスに過ぎないが、マッカーシズムや魔女狩りがこのようにして急速に膨れあがるさまは、驚くほかない。
そこには複数の「マグマ」があるように思われる。一つは、河野太郎大臣率いる再エネTFが鋭く迫っていた規制改革をこころよく思わない「既存の勢力」からの反感のマグマが見てとれる。再エネTF発足時の2020年12月の初回に容量市場の廃止を訴えたことを取り上げて批判する議論がそれだ。なお、容量市場は、制度設計的には他の手段と比較して非効率・高コストであり、旧一般電気事業者に有利で新電力に不公平な制度であるため、廃止することは妥当である。また、米中対立が生み出した「マグマ」もある。日本の産業経済の停滞と今後の不透明さがますます「内なる排外主義」を生み出しネトウヨ的な反中・嫌中を煽っているように思われる。
より大きく深い「マグマ」は、再エネ(太陽光発電+風力発電)への文明史的な大転換が進むことに対する大きな抵抗である。たんに既得権益による反発だけでなく、19世紀初頭の産業革命時に繊維工業を中心に起こった職人や労働者が蒸気機関を打ち壊した「ラッダイド運動」にも共通する現象だ。大規模集中型電力レジームから小規模分散型電力レジームへの転換や、急速に増えてゆく太陽光発電に対する忌避感なども入り混じって、政治行政や産業界、そして社会全般にも「マグマ」が広がっているように思われる。
日本には、新しいナラティブが必要だろう。日本は化石燃料を輸入に37兆円(2022年)もの費用を使っている。これはGDP約7%近くを「失って」いることを意味する。「失われた30年」の間に半導体敗戦、デジタル敗戦、家電敗戦、太陽光敗戦などが立て続けに起きた日本の産業経済は低迷している。「最後の1本足打法」と呼ばれる自動車産業も、急激に進むクルマのEV化とAI自動運転化に大きく遅れを取っている。すでに自動車輸出では2023年に日本は中国に抜かれており、見通しはけっして明るくはない。加えて、アベノミクスという歴史的な大失策によって円安傾向が続く中、この化石燃料輸入こそが気候危機と並ぶ日本の最大のリスクであり、エネルギー自立と自給は、日本の最大の国益であり、日本国民にとっても最大の利益であるはずだ。「自然エネルギー100%立国」という国民的な新しいナラティブが今こそ必要な時ではないか。
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