- Home
- 飯田哲也「RE100への途」
- RE100とEV③:EVの先を見据えるテスラ
2022.02.25
世界のモビリティは、電気自動車(EV)化に雪崩を打っているが、これまで見てきたとおり日本は大きく取り残されているだけでなく、その変化の大きさとスピードに気付いてさえいない状況だ。一方、世界全体を見ても、EV化への競争だけが注目されているだけで、テスラが見据えている次の「ディスラプション」(破壊的変化)まで見えている人は少ない。
前回報告したとおり、20年前からの自動車代替燃料を巡る「三国志」(バイオvs水素vs電気)は、イーロン・マスク率いるテスラによって電気自動車(EV)化への流れが完全に決した。この自動車のEV化だけでも自動車産業や石油産業が大転換する大きな変化なのだが、それ以上に本当に大きな変化が起きようとしているのだ。
■破壊的変化(ディスラプション)とは何か
まず、破壊的変化(ディスラプション)を理解する必要がある。単なる「変化」や「拡大」ではなく、既存の技術やサービス、社会システムを「根こそぎ変える」ような変化を呼ぶ。20世紀に入ってからも、さまざまな技術が普及して社会を塗り替えてきた(図1)。1900年代初期に生じた電力の普及や「馬車→自動車」への移行は代表的な例だし、1990年代初期の「電話・FAXからインターネット」への移行、1990年代後半の「フィルムカメラ→デジタルカメラ」への移行(図2)、2007年からの「ガラケーからスマートホン」への移行などは、体験してきた人も少なくないだろう。なお、フィルムカメラを「破壊」したデジタルカメラは、そのスマートホンに「破壊」された様子も見て取れる。
(図1出典) Asymco
(図2出典)@MirrorlessRumors.com https://www.mirrorlessrumors.com/chart-shows-how-digital-cameras-killed-analog-cameras-and-how-the-selfie-culture-almost-killed-digital-cameras-after-that/
個々の新しい技術や商品、サービスの普及は「S字カーブ」と呼ばれる普及曲線を辿ることが知られている(図3)。最初は小さなニッチとして拡がり、ある瞬間(しきい値)を超えてからは急拡大し、終盤にはゆっくりと飽和してゆく。その頃には再び新しい技術・商品・サービスが登場して、既存のものを「破壊」してゆくことが繰り返される「多層のS字カーブ」となる(図4)。「フィルムカメラ→デジタルカメラ」→スマートホン」で見たとおりだ。
(図3出典) Mark Truelson 2018年4月 http://marktruelson.com/help-your-team-up-the-disruption-learning-curve/
(図4出典) Slide Team.com https://www.slideteam.net/s-curve-old-new-newer-using-3-curves.html
■テスラが見据える3層構造の破壊的変化
イーロン・マスクが経営に参加しリードし始めたテスラは、この「多層のS字カーブ」を自らの成長戦略とした。これを2006年8月に同社のブログで以下のように公表した。(図5、注1[1])
マスタープランを簡潔にまとめると:
スポーツカーを作る
その売上で手頃な価格のクルマを作る
さらにその売上でもっと手頃な価格のクルマを作る
上記を進めながら、ゼロエミッションの発電オプションを提供する
(テスラ社ブログより)
このマスタープランのとおり、2009年に高級EVスポーツカーのロードスターを発売し、2012年にもう少し安い高級車のモデルSと2015年にモデルXを発売し、2017年に普及型のモデル3、2020年にSUVのモデルYを発売してきており、年率50%もの成長を続けて、世界のEV化をリードし加速してきている。
EVに関しては、車体製造から蓄電池、電子制御装置などの性能、製造スピード、利益率などあらゆる面で既存自動車メーカを5〜10年リードしていると言われており、他自動車メーカが苦しむ半導体不足の影響もほとんどない上に、週に20件ものアップデートを繰り返す革新スピードのテスラとの差は広がる一方だ。既存の米国カリフォルニア工場(年間60万台製造能力)と中国上海工場(年間100万台製造能力)だけでも今年の目標の150万台を達成できるが、この3月には延び延びになっていたドイツ・ベルリン工場(当面年間50万台製造能力、ゆくゆく200万台目標)と米国テキサス工場(当面年間50万台製造能力、ゆくゆく500万台目標)が正式に生産開始することが決まったため、今年は昨年比200%の200万台も窺う勢いだ。加えて先週、中国上海第2工場(年間100万台製造能力)の建設が公表され、来年夏には生産開始の見込みであり、トヨタが2030年に目標としたEV350万台を、来年には達成する勢いである。
EVに関してはすでに「テスラ圧勝」で勝敗は決したと見て良いだろう。
しかしテスラは「その次」を見ている。テスラ投資家でテスラウオッチャーとして著名なデイブ・リー氏は、テスラの「次の成長戦略」を、EVに加えて、自動運転、エネルギー、そしてAIロボットという、やはり「多層のS字カーブ」で説明している(図6)。これを根拠に、すでに株式時価総額で100兆円企業の仲間入りをしたテスラは、さらに10倍以上の成長で「地球史上最大企業になる」とリー氏は言う。
(図5出典) Dave Power, MAY 26, 2013 https://wdpower.wordpress.com/2013/05/26/tesla-motors-preparing-for-the-next-s-curve/
(図6出典) Dave Lee Twitter @heydave7 Feb.13,2022 https://onl.la/sAgZLc4
■EV×自動運転のインパクト
EV化するだけでも、世界の95%の地域で脱炭素が進むと評価されているが(注2[2])、世界全体で再生可能エネルギー化も同時進行しているので、効果はそれ以上だろう。さらに自動運転化すると、稼働率5%と言われる自動車の稼働率が上がるため、世界全体でおよそ20億台とされる社会全体の自動車のストックを一桁小さく出来る。これは、資源の消費量や利用効率を高めることに繋がるため、これも脱炭素に繋がる。
また、テスラが同時に進めるエネルギーも、EV化の進展で蓄電池コストがこの10年で10分の1と一気に下がりつつあり、その裏返しでこれから普及拡大も一気に進むと予測されている。ブルームバーグは今後10年で世界全体の蓄電池需要を約10倍の3TWhと予測しているが、テスラ1社で2030年に3TWhを見込んでいることや、過去こういう「専門機関」の新しい技術予測は下方に外れることがほとんどだったこともあり、おそらくもっと拡大すると見てもよい。
(出典、図7右) Bloomberg NEF, “Global Energy Storage Market Set to Hit One Tera Hour by 2030”, 2021年11月
(出典、図7左) Charlie Bloch et. al., “BREAKTHROUGH BATTERIES – Powering the Era of Clean Electrification”, RMI, 2020年1月
こうした「EV×自動運転」が一気に進むこととそのインパクトを予測したのが、スタンフォード大学のトニー・セバ教授だ。セバ教授はすでに2017年にこうした大転換が進むことを予見し、既存の自動車産業と石油産業が「破壊」されることを予見した。
(図8、注3[3])。
太陽光と風力発電が巻き起こす世界史的なエネルギー大変革のすぐ隣で、モビリティとエネルギーの領域でも、同じく世界史的な大変革が起きつつある。私たちは、すごい時代の目撃者なのである。テスラは、このセバ教授の予見を自ら実現しつつある、最先端の自動車メーカと見て良いだろう。イーロン・マスクは、テスラ方式の完全自動運転を今年中に実現すると発言した。氏の発言は遅れることもあるが、これまでに確実に実現している
[1] 現在は日本語で読める(2022年3月1日)https://www.tesla.com/jp/blog/secret-tesla-motors-master-plan-just-between-you-and-
[2] Florian Knobloch他, Nature, 2020年3月23日 https://www.nature.com/articles/s41893-020-0488-7
[3] Tony Seba, “Rethinking Transportation 2020-2030”, RethinkX May 2017 (https://www.rethinkx.com/transportation)
飯田哲也(いいだてつなり)エネルギー・チェンジメーカー
国内外で有数の自然エネルギー政策のパイオニアかつ社会イノベーター。
京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。
東京大学先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。
ルンド大学(スウェーデン)客員研究員、21世紀のための自然エネルギー政策
ネットワーク(REN21)理事世界風力エネルギー協会アドバイザーなど国内外で
自然エネルギーに関わる営利・非営利の様々な機関・ネットワークの要職を務めつつ
国や地方自治体の審議会委員等を歴任。
「北欧のエネルギーデモクラシー」「自然エネルギー政策イノべーション」など著書多数。
1959年山口県生まれ
Copyright© 2024 RE100 Electric Power Co., Ltd. All Rights Reserved.